佐藤 |
運営協議会と利用者団体との間で部屋の利用をどうするかですね。その後実情に合わせて何回か改定されているようですがこの時は全館で行う事業、夏まつりとかクリスマスなどの特別事業には予算も出すし部屋の優先使用権も認めることにしました。
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近藤 |
館の自主事業と貸室とのバランスの問題ですね。最近はスムーズに行っていると思っていいんでしょうか。
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佐藤 |
以後も変遷していますが平成7年の2月の会議で決めてますね。
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高宮 |
佐藤さんが中心になって館の使い方の規定を整備していった。例えば、団体は二人からなのか三人なのか.....。
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佐藤 |
当初市役所は二人で団体だって言うんですよ。そうするとあの広いホールに夫婦二人で来てダンスの練習なんかして、他の人が使えないというようなこともありました。
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司会 |
二人からの使用を認める、みたいな教育的指導が役所からあったんですね。
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佐藤 |
そうです。私は二人は複数であって団体は構成しない、少なくとも三人からだといって認めませんでしたがね。実際困ったこともありました。二人の登録で事務所代わりに使って、たばこは吸うし勝手にワープロを持ち込んで電気を使ったり。これを締め出す意味もあって利用を少しやかましくした。今年から五人以上ということになったそうですが、当たり前の話でしょうね。
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山田 |
市も困ったのでしょう。今年七館目が開館するにあたって、コミセン管理面で、全館共通事項の一つとして、団体は五名以上ということになりました。
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司会 |
その点についてここの運営に携わっている方々の反応はどうなんですか。
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高宮 |
これは最初から携わった人と最近の人とは違いますね。古い人間は約束が違う、とんでもないことだと思っているけれど、最初からそういうものだと思って入ってこられた人もいる。自由裁量の部分が少なくなってもあまり抵抗がない。
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武川 |
発足時は補助金を出して、これでうまく運営してくれよ、お金の使い方にしても一番いいと思うようにやってくださいということだったらしいですね。例えばスタッフに対する賃金も三年間に少しずつ昇給するように工夫をした。
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高宮 |
私は初期に運営に携わったものですから、不正に金を使わなければいいじゃないか、各館の個性は十分に尊重すべきで自由の範囲は大きければ大きいほどいいと思っています。
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武川 |
事業についてはみんなそう思っていると思いますが、会計処理や貸室のルールなどであまり個性を発揮されては困るという声もよくわかる。
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高宮 |
喫茶コーナーで出た余剰金などは、運営協議会が個性を発揮するために自由に使うべきだというのが私の考えです。例えば今回の十周年記念事業には、もっと使ってもいいのではないか。今やこんな考えはとんでもない異端あつかいですがね。
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佐藤 |
私はちょうど中間の意見かな。時代の流れとしてしょうがないのかなとも思いますが、これでも市にはかなり抵抗したんですよ。例えば夏まつりにしても、市はゆうの夏まつりは規模が大きすぎる、というようなことを言うから私は怒ったんです。だから今は別途組織を作ってそこに一部事業を任せるような変則的になってますよね、これで市の言う事業規模はよそ様並になってるんです。そうしないと帳簿上予算の数字が膨らみすぎるっていうんだ。
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司会 |
実にくだらない横ならび思想としかいいようがありませんね。
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高宮 |
二百万円の予算ではじめたら二百万円に収めなくてはいけない。みんなでいいイベントを作り上げてお客さんが集まって、参加費も集まって二百万円をオーバーすると叱られるというのは理不尽じゃないですか。
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門脇 |
フレッシュマンとしての堀竹さんのご意見、まず半年やってみてどうだったかというと、何でこんなに一生懸命に何回も何回もいろんなことをやらなければならないのか、一体誰の指示に従えばいいのかというあたりが率直なところじゃないんでしょうか。まず予算ありきで.....予算があるからこれもやりましょうということで、全事業を数えるとすごい行事数になる。これに全部付合うのはかなり大変ですよ。そういうことを三年近くやってみて、これは相当のエネルギーがないとできないと感じています。しかもやればやるほど足を引っ張る人もいたりしますからね。
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武川 |
船頭が多いというお話しだったけど、発言する人が多いという意味にとれば非常に結構なことですな。
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堀竹 |
私のいっている船頭さんは、ハイ、カーテン吊りなさい、五分たつと別の船頭がなにやら別の理由ですぐ外しなさいと(笑)。上に立つ人は一人できちんと決めてほしいんですよね。仲よしクラブの言いたい放題。
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門脇 |
ここでは、時として会議で決まったことがどこかでひょっとひっくりかえることがある。その辺が困るんです。大小にかかわらずそんなことが何回かあると戸惑ってしまいますね。会議を欠席した人が俺は聞いていない、ということもあるし。それほど堅苦しく考える必要もないけど、やはりいったん決めたら、その中で動いていくという方が物事は効率的じゃないですか。
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武川 |
事業を運営する場合の責任体制はしっかりしないといけないけれど、みなさんで仲良くやるんだから、みんなの顔を立てて名前を書いてあげてという気くばりを責任者はちゃんと意識してやってほしいんですよ。みながボランティアで対等の立場だから責任者という言葉も角が立つというわけで世話やき、なんていってますけども。その世話やきですら、いやあの人だけに世話やきをやらせちゃいけない、何人かその下にくっつけなさいというようなことになって名前がどんどん増えてくる。本当は責任者が一人いてその下につくお手伝いさんが一人としたいんだけど、あの人の名前も書いておかないと悪いとか、あの人は名前を出しておかないと仕事をしないとか、そういう話でね。
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佐藤 |
その問題は、初期の方々は市から任されたコミセンというものを、一人ひとりが対等の立場で任意にやっていく.....つまり組織というものはあまりいらないと考えておられるのかと思います。僕なんかはどちらかというと会社人間なんで、やはりこれだけの組織体を動かすには、責任を持つトップのいる組織でなければだめだという立場です。こういうもちつもたれつの関係であっても、これをある程度しっかり考えないと責任がどこにあるのかわからないことになってしまう。まあ高宮さんを前において申し訳ないんですが、この辺が古い方との一番の争点で、これは永遠の課題なのかもしれません。
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司会 |
この問題、唯一の女性でいらっしゃる山田さんはどう考えられますか。
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山田 |
男の方たちはいつまでも会社人間を止められないんだなあと感心してます(笑)。コミセンにも組織はもちろん必要ですけれど、例えば会社ですと営業とか利益を上げていくというはっきりした目的がありますけれど、ここに携わる人たちは価値観もそれぞれで、そういう人たちが集まって少しずつでも力を出し合い、認め合ってひとつのことを作り上げていくという、会社にはない面白さがあるんです。価値観の違う人の持つそれぞれの良いところをピックアップして、長となる人がうまく進めていくと、少し効率は悪くてもとてもいい会ができると思うんです。そもそも出だしが一致していない集合体だから、あまりぴちっと組織を作ってもうまく機能しないような気がします。みなさんがそれぞれ理想にかかげておられる事を仕上げていくにも、とても煩雑で細かいことでも意見を出し合っていく必要がコミセンにはあると思います。このプロセスがコミセンの活動の中心ではないかと思います。
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司会 |
会社ですと物さしは利益とはっきりしていますが、ここは十人十色の物さしがある。鯨尺の人もいればインチを使ってる人もいるわけで、その中で組織をつくっていくのはとてもむずかしい。
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武川 |
ある程度共通する物さしをコミセンに置くとするとなんだろう?
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堀竹 |
お金以外のすべてですかね(笑)。
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武川 |
大変抽象的なことですが、私はコミセンというのは、そのエリアに住んでいる人たちの環境をよりよくするということが共通の物さしかな、と思うんですよ。そういう最終目的を目標に、ある人はお年寄りを大事にしよう、子どもを大事にしよう、ある人はお父さんお母さんに喜んでもらえることをしよう、とそれぞれ努力する。なかなかうまく伝えられませんでしたけど.....。
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司会 |
富士山の頂上はみんな一緒。例えばいい音楽をできるだけ手軽に聴いて喜んでもらおうという人は御殿場口から、年配者へのサービスをやってみようという人は吉田口から登山するという違いがあるだけ、ということですね。
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武川 |
どんな事業でも最終的にはこの地区に住んでいる人に喜んでもらえるものであってほしい、ということですね。それでまず子供たちを大事しよう、ということを発言したらたちまち“いまさら何言ってんの、そういうプログラムをなんどもやって、なかなかうまくいかないの”と言われてしまいましたが、私はそんな即効性を考えているわけではなくて、なにか夢のあること、小さい時のあのお祭りは楽しかったなあ、というような思い出に残ることをやっていれば十年後に子供が親もとを離れても、やはり桜ヶ丘はよかった、ひいては親と一緒に住んでみようかなーなんて思ってくれるんじゃないかと思ったんです(笑)。
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高宮 |
その考えはね、初代の森島さんもその思想でやっておられた。二代目の私がうまく引き継がなかったかもしれませんが、まず皆さんもそうお考えと思います。
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武川 |
これは会則の改訂を考えなければいけないでしょう。共通の利益を持ち、共通の関心と共通の汗を流す地域の人びと。べつに町名によって排除するなんてことではない。そのかわりそこの人たちにも運営委員なり幹事なりをお願いして仲間に入っていただければ問題はありませんね。
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山田 |
いまの地番のことに関して、記憶にとどめておいてほしいのは8年度にゆう桜ヶ丘の地名が貝取から桜ヶ丘に変更になったことです。高宮さん、佐藤さん、門脇さん、中野さん、川俣さんといった方々が大いに働いてくださいました。
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佐藤 |
あれは地域振興課の手落ちで、完成当時から地番変更の際は必ず桜ヶ丘に、と申入れがしてあったにもかかわらず、この書類が都市計画課に提出してなかった。
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高宮 |
ふたを開けたら関戸になっていたのでびっくりしました。おかげで市議の大屋徳子さん、小林一郎さんには随分努力していただくことになった。
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門脇 |
新しい住宅地、関戸六丁目ですか? これを一本の線で分けることなどすべきではないし、またできもしません。お互いに持ちつ持たれつでやればいい。
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近藤 |
むしろ大勢の人に来てほしいと思いますね。かならずや、新しい地域の方が世代も若いに違いない(笑)。
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堀竹 |
いや、若い人なら入ってくるのはたいへんなんじゃないかな。今のまんまではちょっと入ってこられない。
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司会 |
いきなり積極的に幹事になってもらわなくても、利用してもらうだけでも若返るんですよ。
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佐藤 |
距離的にもごく近しい、利用頻度は一番多くなると思いますよ。
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武川 |
まず町会を作ってもらって、その町会が桜ヶ丘の連合会に入るという形になるのが望ましい。連合会であそこは別々の町会ということになると、ちょっと夏まつりにしろ、いろんな行事のたびに同じ話を二回やらなければいけないことになる。
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司会 |
そろそろ格好をつけるために結論にふれていただきたいと思います。今まで十年たちました。さてこれからの十年はどんなゆう桜ヶ丘であったらいいのか、どうすれば理想的な形で二十周年記念を後輩諸氏に祝ってもらえるのか。ひとつイマジネーションをふくらませてひと言づつお話しをうかがいたいのですが。
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佐藤 |
先程、門脇さんがいわれたことと重複しますが、コミセン活動には運営協議会主導によるいわば能動的活動と、館の利用者にできるだけサービスを提供していくという受動的な活動と二面ありますね。どちらも大切であるわけで、うまく使い分けていかなければなりませんね。館主体の運営ばかり多くなってしまうと、従事するボランティアからも利用者からも不満が出てきたりする。行事をすることによって、この館の存在価値を高めて、多くの人に来てもらうという本来の目的と相反した結果になることを恐れますね。なかなかそのバランスを見極めるのはむずかしいから、ある時期は意識的に受動的に運営してみて、またある時能動的にやってみる、こうして程よい点を見つけ出してゆくのが一番の理想ではないでしょうか。
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山田 |
私は管理の仕事をずっと担当していますので、管理の繁雑な仕事は人が変わってもすぐわかるようになるべくルーティン化していくようにしたいですね。
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司会 |
事務長職の就任のことも含めて少し教えてください。
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山田 |
さいわいにも初代事務長は桜ヶ丘の方で、われわれ運営委員とのコンビネーションもよくて本当に助かりました。管理の仕事は全館共通でなければならない部分も多いわけですが、それ以外では、それぞれの館の個性的な部分が誰が見てもわかるようになったらいいと思います。スタッフの仕事は非常にむずかしい受付業務がありまして、市の仕事もしなければならない、コミュニティーの少し忘れっぽくなっている方などのお世話もある、そしてそれぞれ大変に個性的なボランティアの運営委員の面々とも協力してやっていかなくてはなりません。私自身秘書の経験がありますけれど、これをローテーションを組んで、いつも同質に行うのはなかなか大変です。それから先程来行事のことや、新しくこれに参画するのがむずかしいということでしたが、私は今まであまりに高い完成度求めすぎた部分もあるような気がします。肩の力を抜いて、失敗したっていいじゃない、参加することに意義があると思って楽しくやれば新しい人も入って来やすくなりますよ。
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司会 |
ありがとうございます。では次に門脇さん十年後のゆうの姿を.....。
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門脇 |
十年先というと生きてるかどうかわかりませんが、さしあたってゆうに行けば、なにか光っているものがある、散歩の途中に立ち寄ればギャラリーで何かやっている、そうした小なりといえども文化の発信源になれたらいいと思います。あと、私はどちらかというと現在より、受動的な貸室の方に少しスタンスをを置いていったほうがいいように思いますね。単なる貸室業務ということでなく、例えば今年の十周年の秋まつりということで、ふだんここを練習に利用されているコーラス関係の方たちが、ちょっと声をかけたらわっと集まってくださって、とてもいいイベントができました。ここを利用されている方と力を合わせて、われわれの側は発表の場を提供すればいいわけでね、これからは運営協議会の行事を少しへらして、こうした方向のことを考えた方がいいんじゃないでしょうか。
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司会 |
では代表の武川さん。
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武川 |
運営協議会の行事の一番大きなものは夏まつりですが、本当に暑いし、何でこんなことやらねばならんかといつも思うんですが、あれだけたくさんの人、特にお年寄りが孫たちを連れて遊びに来てくれているのをみると、やっぱりやらねばならんという気持ちにもなるし。
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司会 |
運営委員の老齢化というきびしい現実があります。
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武川 |
十年後を考えると貸室の管理業務などはますます官僚化していると思います。スタッフや事務長の仕事の範囲なども右に同じとなってくるだろう。そんな中で今までのようなボランティア的ムードをどこまで維持してゆけるか、ちょっと心配です。次にはお金のこと。従来から市は予算をくれていますが、多分これはだんだん少なくなっていきますね。となると自主財源の今以上の確保、自分らでかせいで事業をやっていくことになります。年間数百万円単位の予算を自分たちで集めるとなると、今のような任意団体でやってゆけるかどうか。NPOのような法律的なしっかりした組織も視野に入れる必要が生じるかもしれませんね。それはそれで大仕事になりますけど。
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門脇 |
予算が出ないといっても管理運営の責任はあるわけだろうから、潤滑油的な事業への補助をどうするかってことですね。
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佐藤 |
まあ、タックスペイヤーの立場から言えば利用者負担すべきでしょう。
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司会 |
しかし市民による文化活動の支援というのも市の大切な文化予算のひとつだと私は思いますよ。必ずしもお金をいただいているから肩身がせまいと思うの必要はないんじゃないですか。それが有効に使われているかどうかは大きな問題ですけどね。
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高宮 |
私も十年後にはもう市からお金をもらわないで、そのかわり市から文句もいわれないで自由にここを文化施設として活用していくのが理想だと思っています。受付のスタッフなんかもボランティアで町内の人間がやるんですよ。
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堀竹 |
私はたいした意見もありませんが、先程もいったように、ここで何か楽しくやる人は、自分である程度負担をした方がいいとは思います。勉強をするにしても自分でお金を出してやることはよく身につけんじゃないですか(笑)。
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司会 |
自分で買った本は読むけれど、もらった本は読まないようなものですね。では最後に近藤さん、お願いします。
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